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  1. 上杉顕能

    ?-? 南北朝時代の武将。伯父上杉重能の養子。観応(かんのう)の擾乱(じょうらん)では足利直義(ただよし)に属する。観応2=正平(しょうへい)6年(1351)おなじ養子の能憲(よしのり)によって摂津武庫川(兵庫県)で殺された高師夏(こうの- ...
    デジタル版 日本人名大辞典+Plus
  2. 赤祖父俊一

    1930- 昭和後期-平成時代の地球物理学者。昭和5年12月4日生まれ。東北大大学院在学中にアラスカ大にうつり,昭和39年アラスカ大地球物理研究所教授となり,61年同所長。のち国際北極圏研究センター所長。オーロラの研究で世界的に知られる。磁 ...
    デジタル版 日本人名大辞典+Plus
  3. 田代基綱

    ?-? 南北朝時代の武将。和泉(いずみ)(大阪府)大鳥荘上条村の地頭。暦応(りゃくおう)元=延元3年(1338)細川顕氏(あきうじ)にしたがい,和泉石津で北畠顕家をやぶる。観応(かんのう)の擾乱(じょうらん)では足利直義(ただよし)方に属し ...
    デジタル版 日本人名大辞典+Plus
  4. 正野重方

    1911-1969 昭和時代の気象学者。明治44年12月26日生まれ。中央気象台勤務をへて,昭和19年東大教授。台風の発生と発達,数値予報などの研究で知られる。25年「大気擾乱(じょうらん)の研究」で学士院賞。日本気象学会理事長をつとめた。 ...
    デジタル版 日本人名大辞典+Plus
  5. 新田義宗

    ?-1368 南北朝時代の武将。新田義貞の3男。南朝方にくみし,観応(かんのう)の擾乱(じょうらん)に乗じて兄義興と上野(こうずけ)(群馬県)で挙兵,一時鎌倉をおとすが,足利尊氏に敗れて越後(えちご)にのがれる。応安元=正平(しょうへい)2 ...
    デジタル版 日本人名大辞典+Plus
  6. 山田忠能

    ?-? 鎌倉-南北朝時代の武士。山田宗久(むねひさ)の子。正中(しょうちゅう)2年(1325)薩摩(さつま)(鹿児島県)谷山郡山田,上別符の地頭職(しき)をつぐ。観応(かんのう)の擾乱(じょうらん)では足利直義(ただよし)・直冬(ただふゆ) ...
    デジタル版 日本人名大辞典+Plus
  7. 留守家任

    ?-1351 鎌倉-南北朝時代の武将。陸奥(むつ)高用名(たかもちみょう)(宮城県)内の村の領主。はじめ北畠氏に,のち足利氏に服す。観応(かんのう)の擾乱(じょうらん)では足利尊氏方に属し,観応2=正平(しょうへい)6年2月14日岩切城合戦 ...
    デジタル版 日本人名大辞典+Plus
  8. 山内首藤通広

    ?-? 南北朝時代の武将。備後(びんご)(広島県)地毗(じびの)荘の地頭山内首藤通資(みちすけ)の子。観応(かんのう)の擾乱(じょうらん)に際し,観応2=正平(しょうへい)6年(1351)一族の結束をちかう一揆(いっき)契約を兄山内首藤通時 ...
    デジタル版 日本人名大辞典+Plus
  9. 正平一統

    南北朝期の正平年間(1346‐70)に一時的に南北朝が合体したこと。足利尊氏は観応の擾乱(じようらん)に際し,弟直義追討のため1351年(正平6∥観応2)から翌年にかけて一時的に南朝と和議を結び,そのため北朝の天皇が一時廃位され,年号も南朝 ...
    世界大百科事典 第2版
  10. ストームトラック

    温帯低気圧や移動性高気圧の活動度が強い領域のこと。ストーム経路、低気圧経路ともいう。この領域では、南北方向に温度傾度が大きいことから傾圧不安定となっており、擾乱(じょうらん)が発達し、温度傾度を解消しようとする働きから、降水量が多く、風が強 ...
    日本大百科全書(ニッポニカ)
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