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  1. 伊達景宗

    ?-? 南北朝時代の武将。駿河(するが)(静岡県)伊達氏の一族。観応(かんのう)の擾乱(じょうらん)では足利尊氏の軍に属し,足利直義(ただよし)の軍とたたかう。観応2=正平(しょうへい)6年(1351)恩賞として入江荘内の土地をあたえられた ...
    デジタル版 日本人名大辞典+Plus
  2. 二階堂時綱

    1280-? 鎌倉-南北朝時代の武将。弘安(こうあん)3年生まれ。鎌倉幕府の評定衆,政所(まんどころ)執事などを歴任。室町幕府でも引付方,政所執事などをつとめる。観応(かんのう)の擾乱(じょうらん)では足利直義(ただよし)に味方した。法名は ...
    デジタル版 日本人名大辞典+Plus
  3. 動乱

    〘名〙① 世の中が変動し乱れること。また、戦争や、それによるさわぎ。転じて、さわぎ。騒乱。擾乱。※太平記(14C後)一二「国々の動乱(トウらん)更に休(やむ)時無し」 〔魏志‐張遼伝〕② 気持や態度が平静さを失って、激しく乱れること。※神道 ...
    精選版 日本国語大辞典
  4. 道俗

    〘名〙 僧侶と俗人。仏道にはいっている人と俗世間の人。※続日本紀‐養老元年(717)四月壬辰「詐称二聖道一、妖二惑百姓一、道俗擾乱、四民棄レ業」※古本説話集(1130頃か)七〇「まゐり集りたるそこそばくのだうぞく男女、声も惜まず」 〔魏書‐ ...
    精選版 日本国語大辞典
  5. 建武

    南北朝時代、後醍醐天皇の代の年号。元弘四年(一三三四)一月二九日、擾乱帰正のために、後漢の光武帝の年号にならって改元。南朝では建武三年(一三三六)二月二九日延元と改元。北朝では引き続き、この年号を用いて、建武五年八月二八日、暦応と改めた。
    精選版 日本国語大辞典
  6. デバイ半径

    プラズマ中で静電的な擾乱が存在しても,ある距離で遮蔽されてしまうので,遠距離までその影響が及ぶことはない.これは,もともと強電解質溶液理論としてデバイとヒュッケルによって導出されたことの応用であるが,この反対符号のイオンによる球対称な遮蔽の ...
    法則の辞典
  7. 山田忠能

    ?-? 鎌倉-南北朝時代の武士。山田宗久(むねひさ)の子。正中(しょうちゅう)2年(1325)薩摩(さつま)(鹿児島県)谷山郡山田,上別符の地頭職(しき)をつぐ。観応(かんのう)の擾乱(じょうらん)では足利直義(ただよし)・直冬(ただふゆ) ...
    デジタル版 日本人名大辞典+Plus
  8. 山内首藤通広

    ?-? 南北朝時代の武将。備後(びんご)(広島県)地毗(じびの)荘の地頭山内首藤通資(みちすけ)の子。観応(かんのう)の擾乱(じょうらん)に際し,観応2=正平(しょうへい)6年(1351)一族の結束をちかう一揆(いっき)契約を兄山内首藤通時 ...
    デジタル版 日本人名大辞典+Plus
  9. 安富泰重

    ?-? 鎌倉-南北朝時代の武将。肥前高来郡(長崎県)深江村の地頭。建武(けんむ)3=延元元年(1336)足利尊氏の京都攻めにしたがう。観応(かんのう)の擾乱(じょうらん)で九州を制圧した足利直冬(ただふゆ)方につき,一時南朝方となる。のちふ ...
    デジタル版 日本人名大辞典+Plus
  10. 留守家任

    ?-1351 鎌倉-南北朝時代の武将。陸奥(むつ)高用名(たかもちみょう)(宮城県)内の村の領主。はじめ北畠氏に,のち足利氏に服す。観応(かんのう)の擾乱(じょうらん)では足利尊氏方に属し,観応2=正平(しょうへい)6年2月14日岩切城合戦 ...
    デジタル版 日本人名大辞典+Plus
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